グルジの軌跡②[KPJAYI HPより]

2017/01/19

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[ マイソール ]

 

グルジが14歳になったとき、彼はバラモンの少年達が一人の男性として精神的な生活に入るための式典(ウパナヤナン)でブラフミンの神聖な糸(ジャネウ)を授与されました。

その重要な式典のあとすぐポケットの中の2ルピーとともに、グルジは自宅を離れてマイソールのサンスクリット大学でサンスクリット語学を勉強しました。

列車を降りたあと彼は入学局をまっさきに訪れ、ブラフミンになる証として彼の糸を示し(ジャネウは彼の入学料免除の資格となりました)それは学校に承認されました。


彼は、丁寧に大学クラスへの出席と自分自身の研究を行いながらヨガの練習を続け、ヨガデモンストレーションにより大学の食堂で食費の免除を得ていました。

しかし少額の所持金で始まった当初の生活はグルジにとって困難なものであり、彼はブラフミンの家々に食事を請いました。

 

どこにいるのか、そして何をしていたのか、彼が父親に宛てて手紙を書いたのはその3年後のことです。

 

1932年。

彼が大学のヨガデモンストレーションに参加した際、ステージの上にいるヨギが彼の師であったシュリ・クリシュナマチャリア(Sri Krishnamacharya)(*1)であるのに気づいたことは彼をとても喜ばせました。

 

 グルジがコウシカを去ったことにより絶たれていた彼らの繋がりでしたが、のちに25年間続く二人の関係性がマイソールで再開されたのでした。

 

→ グルジの軌跡③ [ マハラジャ ]に続く

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原文引用 /  http://kpjayi.org

 

(*1) Sri Tirumalai Krishnamacharya

グルジの師であり、’’近代ヨガの父’’として知られる。

ハタヨガの復興に務めた彼の多くの弟子(シシャ)はヨガを世界へと波及させ、20世紀で最も偉大と称されるヨギのひとりであった。

彼の弟子にはSri・K・Pattabhi・Jois(アシュタンガヨガ)の他に、B・K・S・Iyanger(アイアンガーヨガ)、Indra・Devi(西洋人・女性で初の弟子)、 彼の息子であるT・M・Desikachar(ヴィニヨガ) などが名を連ねる。

 

※各弟子により教え伝えているヨガのスタイルに多様性が見られるのは、彼らがクリシュナマチャリヤより学んだヨガ学部での研究・教授の過程において、ヴェーダなどの観点からセラピーに焦点を当てたもの・ダルシャナ(ヨガ哲学)の探求に焦点を当てたものなど多様に指導が行われた結果だという意見がある。

 

シュリ・クリシュナマチャリヤ師は王国時代の1888年マイソールに生まれ、

1989年、100歳の時にインド・チェンナイで亡くなった。

 

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Mysore

 

When Guruji turned fourteen, he was given the Brahmin thread initiation – the ceremony in which a Brahmin boy becomes a man and is initiated into the spiritual life. 

 

Soon after the significant ceremony, and with two rupees in his pocket, Guruji secretly ran away from home to seek Sanskrit study at the Sanskrit University of Mysore. 

 

After getting off the train, he went straight to the admissions department, showed his thread as proof of being Brahmin [this would gain him free admission], and was accepted to the school. 

 

He dutifully attended classes and his studies, and continued his yoga practice, even giving demonstrations that secured him food privileges at the university mess. 

 

With little money, life in the beginning was difficult for Guruji, who also begged for food at Brahmin houses. 

 

It was three years before he wrote to his father to tell him where he was and what he was doing.

In 1932, he attended a yoga demonstration at the university and was pleased to discover that the yogi on stage was his guru, Sri Krishnamacharya. 

 

Having lost touched after Guruji left Kowshika, they recommenced their relationship in Mysore, which lasted twenty-five years. 

 

 

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2019年10月末〜11月に予定されていた

メイン講師(Nika)の渡印がキャンセルとなりました。

11月は一部日程を除き基本的には [ 通常開講 ] となります。

現在、ビギナーズコースの開催を予定していますが

詳細は追ってお知らせいたします。

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11月末の講師渡印がキャンセルとなりました

September 14, 2019

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